辰市神社境内万葉歌碑

東の市の植木の木足るまで逢はず久しみうべ
恋ひにけり

(万葉集巻三 310 門部王)  
 

 平城京も早い頃の歌。 官設の東西両市 (左京・右京各八條三坊。奈良市東九条、 杏町・大和郡山市九条町附近)。 東市は月の前半、 西市は後半、 正午に開かれ、 日没前に太鼓を三度ずつそれぞれ九打して閉じました。 絹 (巻七1264) ・布・櫛・針・筆・薬・漆・蓑笠・塩・魚、 酒……。 聖武の代、 冥界からよみがえった優婆夷 (在俗の女佛教徒) が、 冥界を出る門で黄衣のひと3人から平城の東市で必ず逢おうと約されたままに、 行って坐っていると、 お経売りが東の門から呼び売りしながら西の門へ出て行った。 呼びとめて開けばそれは、 昔自分が写したまま失くなっていた黄麻紙の般若心経など3巻だった。 そうだ、 あの3人はこの経3巻だったのだ…… (日本霊異記中巻19)。 さまざまの交歓の場に、 雨乞いの場、 説教の場にも、 刑場にさえもなった市。 バザールの小広場の雑踏の眩暈。
 市には槻 (ケヤキ) ・ツバキ、 桑、 橘など市それぞれの並木があり、 東市は杏だったかどうか、 いま、 地方国守の任から都に帰ってなのかどうか、 見れば、 市の木立が 「木足」、 枝が垂れるのでなく、 足りる、 こんなにゆたかに繁るまで逢わず久しくて、 恋しかったのももっともだったのだ。 「東市の樹を詠みて作る歌」 という題詠的な詠物体の雑歌ながら、 逢わず久しい女人の蔭を思うのでしょう。 ともかく、 そのかみの市に木々は伸びていたのです。
 門部王は天武の曽孫といい、 「風流侍從」 (家伝) のひとり、 宮廷的都市的のみやびに倭舞など古舞を盛んに興しもした 「風流意気之士」 (巻六1011〜12題詞) のひとりでもありました。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

辰市神社境内
 JR・近鉄奈良駅→杏南町行き10分「大和ハウス前」下車北へ徒歩7分

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