狭岡神社境内万葉歌碑

君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に
立ち嘆くかも
(万葉集巻四 593 笠女郎)
| 笠女郎、 「女郎」 はもと漢語、 少女の意。 日本で婦人を親愛して呼ぶ和語イラツメに郎姫・郎女・女郎を宛て、
郎子イラツコに対しました。 いま、 笠氏一族の天平の娘、 若き日の大伴家持をめぐる女人たちのひとり、
万葉の歌数全29首、 女歌の数として大伴坂上郎女につぎ、 すべて家持に贈った恋歌です。
いま、 特に一連24首に編(あ)まれた中の一首。 一連は彼女の才能が技巧を練り、 漢語
「餓鬼」 を詠みこむなどの外、 変化をこころみた作品としても知られます。 いうまでもなく、 奈良山は平城京の北の低い山並み。 東寄りの佐保山あたりからつづきます。 「小松」 は松の愛称、 その 「下」 をもしモトと訓よめばシタよりも限定して特に根本、 幹に寄ってという意になりますが、 万葉の 「下」 の文字づかい一般からはシタと訓むべきかもしれません。 「君を」 ではなく、 「君に恋ふ」 は万葉語、 惹かれ、 求めて充たされることをねがう無限の思慕。 「いたも」 は甚だしくも。 恋しくてもうどうしようもなくてもとおれば、 松まつごしの麓は佐保の君の家のあたり。 堪えがたく、 長い溜息をつきます。 待(ま)つ嘆きがどこか少しくかたいのは、 上二句が常套句になり始めているなど、 技巧が内の痛みを十分こもらせなかったからでしょうか。 所詮、 「相思はぬ人を思ふ」 (608) 恋でした。 傷心のはてにか、 彼女は都の家持まぢかの住居 (す ま い)を離れて、 もと住んださびしい里に帰ります。 24首中の終曲2首はその里からの歌ですが、 万葉は、 その2首に対してだけの家持の返歌2首をのこしました。 |
本田義憲先生監修
(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)
狭岡神社境内
JR・近鉄奈良駅→
西大寺駅行き・自衛隊前行き8分「教育大附中前」下車北へ徒歩5分
これからの建立予定 |