元興寺境内万葉歌碑

白珠は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも
 吾れし知れらば 知らずともよし

(万葉集巻六 1018 元興寺僧)

 天平10年(738)の歌。飛鳥から移った「平城(なら)の明日香」の「元興寺の里」はロングスカートの才媛たちの寺詣ででも華やぎました(巻六992)。僧団には、三論(さんろん)学の学匠、浄土曼荼羅説話などにものこる智光たちもありましたが、この歌は、その中のひとりが、「独覚多智」でありながら、人に認められない才学を自嘆した、という一説を左注します。「独覚」は、独り覚(さと)る、必ずしも簡単でない漢訳佛典語ですが、いま特に問いつめる要もないでしょう。
 白珠は、真珠貝の秘める珠、ひろくは白く美しい石や玉、恋歌ではしばしば女人の譬喩、いまは作者自身、その秘める世界を譬(たと)えます。白珠の真価は人に知られない。人は知らなくても、ままよ。自分さえよく知っておれば、人は知らなくてもままよ、かまわない。「人知らずして慍(いか)らず」(「論語」)とでもいうのでしょうか。
 歌の形は、旋頭歌(せどうか)577・577。しばしば問いと答えと相対し、あるいは類句を繰り返しても謡われましたが、天平時代には流行が去っていました。いま、その古い形でしきりに同音同句を繰り返すのですが、しかし、「白珠」「知る」は、古い恋歌に女身を得るという意味に使った表現の型を離れて、知的に知るという新しい意味に転じました。「よし」は原文それぞれ「縦(よし)・任意(よし)」、人の判断、みとめたくないそれをかりに受け容れながらも、心なしか自問自答的に自身の思いにうなづき、執拗にそれを通そうとしています。
 天平僧団知識階級内の歌。いま、何はあれ、元興神(がごぜ)の鬼をめでたく舞わせてもみましょう。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)


所在地

元興寺境内地

猿沢池の南側に、奈良の町人文化を色濃く伝えるならまちが広がっています。
元興寺はならまちの中心でもあり、古くから厚い信仰を集めていました。
近鉄奈良駅から歩いて15分ほど。
周囲には、奈良町資料館や庚申堂など、天平文化とはまた違った中世の奈良の姿を残しています。


元興寺境内
 JR奈良駅→徒歩25分 近鉄奈良駅→徒歩15分

揮毫者

杉本健吉画伯

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