佐保川「水辺の楽校」万葉歌碑

佐保川の清き河原に鳴く千鳥かはづと二つ
 忘れかねつも

(万葉集巻七 1123 作者未詳)

 「詠鳥(鳥を詠む)」と分類される中の一首。「詠物(詩)」、 ある風物を題詠的に詠むという、中国知識層の分類を享けます。 平城知識人たちが佐保にふれる延べ41首、佐保は大伴一族も多かった所ですが、ともかく、 うち佐保の千鳥7ないし9首、声沁みる「かはづ」(河鹿(かじか))2首、その中の1首です。 可憐な小品。「『かはづと二つ』のあたりの素直で、幼い気持ながら到って居る表現はなかなかよい」 (土屋文明『萬葉集私注』)。ア行音・カ行音の節奏、聴覚、一種の「みやび」、 短歌形式というもののふしぎな持ち味。
 「清き河原」という表現は、もとみそぎなどした呪的な体験から出て、「ぬばたまの夜の ふけ行けば久木(ひさぎ)生ふる清き河原に千鳥しば鳴く」(巻六 925 山部赤人)など風景にめざめて来ました。 千鳥は冬に限らず、「上辺(かみへ)には千鳥しば鳴く、下辺(しもへ)にはかはづ妻呼ぶ」 (巻六 920 笠金村、神亀2年夏5月、吉野)などともある。河鹿は夕べからよく鳴くでしょう(巻六 1004、佐保川の歌)。
 「飫宇(おう)の海の河原の千鳥汝(な)が鳴けば吾が佐保川の思ほゆらくに」(巻三 371)、出雲守時代の門部(かどべ)王の思郷の歌。 中海(なかのうみ)に注ぐ意宇(おう)川の千鳥。「吾が佐保川」と固有名詞を「わが」の誘う形は万葉の中この一首のみ。 恋しく思われることよ。「夜くたちに寝覚めてをれば河瀬尋(と)め心もしのに鳴く千鳥かも」(巻十九 4146)、 越中守時代の家持の歌(天平勝宝2〈750〉年、陽暦では四月なかば)。ともに人麻呂の「夕浪千鳥」の歌(巻三 266)を意識します。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

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