和楽園万葉歌碑

春の野にすみれ採(つ)みにと来(こ)し吾れぞ野(の)をなつかしみ
 一夜宿(ね)にける

(万葉集巻八 1424 山部赤人)

 日本の藝文の最初のスミレ。日本のスミレは品種さまざまに、もと「菫菜」(野菜類) の食用ないし藥料染料の実用から、いまは耽美的趣向を展(ひら)いています。 和語(やまとことば)「野(の)」は、起伏のある傾斜地の意か。「野遊び」 の古風の習俗もあって、 スミレやヨメナなど春菜は普通「をとめら」が採み(巻十七3969等)、求婚の場にもなりましたが、 いまは男の立場としての作でしょう。平城の都市貴族知識官人(お ほ み や び と)には「春日野」 の「野遊(やいう)」(巻十 1880 等題詞)など、「野遊び」に漢語舶来の世界もかさなっていました。 その自己解放の非日常(あ そ び)です。
 「野をなつかしみ」、これは單に風景をではなく、風景の中にそこはかとない係恋(エロース)の 情を包むかとも思えます。平安時代に「をみなへし多かる野べに宿りせば……」浮名(うきな)が 立つことか(古今集巻四)、などと歌いもした、女ひとへの思慕(エロース)のほのめき程ではなくても。 それにしても、「一夜宿(ね)にける」 と結ぶ咏嘆的回想は整いすぎていて、歌は、男女のサロンでみやびを 虚構したのでしょう。漢語「野(や)」には野(や)党ともなり得る意もあって、大和の歌人前川佐美雄氏はこの 漢語を生かして「野(の)」をモチーフしては、時代批判、文明批評を鋭くしましたが、いま、此の歌は三色菫 (パンジー)ならぬ培養思考を出ない。『源氏物語』にも引かれるなど、後(のち)のサロンでも好まれた所以でしょう。  夏至の頃の祭りの夜、堤にうなだれて咲くvioletのしげみに、妖精は、「夜のときどき、そこで眠り、花々の中に 踊るまま悦びのままに安らかにまどろみに落ちた」、これはイギリスの、菫程な小さい妖精たちの夜の夢でした。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

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