水上池畔万葉歌碑

をみなへし佐紀沢(さきさは)に生おふる花かつみかつても知らぬ
 恋もするかも

(万葉集巻四 675 中臣女郎いらつめ)

 中臣女郎は、若き日の大伴家持をめぐる天平の女人たちのひとり。
佐紀沢は今の水上池など、平城京の北の沼沢地。カキツバタの咲く磐姫陵古墳の濠も程近い。 原文「咲沢」はオミナエシの「咲き」と音を類し、「をみなへし佐紀野に生ふる白つつじ」 (巻十1905)、「かきつはた佐紀沢に生ふる菅の根の」(巻十二3052)などとも類句して、 「をみなへし」は佐紀にかかる虚景の掛詞(かけことば)です。
 「花かつみ」は、花菖蒲(はなしょうぶ)、花あやめ(今のアヤメ、古歌のあやめは今の菖蒲) とか、花の咲いた眞菰(まこも)とか、なお未詳。『奥の細道』にも古今集の「あさかの沼の花かつみ」 を慕って、何を「花かつみとはいふぞ」と「かつみかつみと尋ねありきて」とありました。 家持をめぐる女(をみな)人たちの中のさびさびとした菰の花の私とも取りにくく、 「花かつみ」はやはり摺染(すりぞめ)にもできた美しい花なのでしょう。そして、ともかく序詞 (じょことば)として上三句は同音をくり返す「かつて」を誘い、これは否定「知らぬ」と呼応して、 かつて全くしたこともない辛い恋、となります。「かつても」「恋も」の「も」、「かも」、 すべて咏嘆。
 「不欲(いな)」(いや)とは言わない程度(679)の人への女の恋の歌は、情緒濃くはなくても、 掛詞や序詞の技巧を見せ、虚景「をみなへし」も日本の植物文様のイメージの組み合わせのはしり と見えます。
 「ほととぎす鳴くやさつきのあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな」、古今集恋歌の巻頭、 綾の目も分(わ)かぬ恋のはじめ。希臘(ギリシア)のサッフォや紫式部を讃えたイギリスの閨秀作家が、 Anon(よみ人しらず)はしばしば女性の作、と敢(あ)えて推測したことを、ふと思います。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

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