五劫院境内万葉歌碑

水沫(みなわ)なす微(もろ)き命も栲縄(たくなは)の千尋(ちひろ)にもがとねがひ
暮らしつ
(万葉集巻五 902 山上憶良)
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天平5(733)年、思想的叙情詩「老身に病を重ね年を経て辛苦して、
児等を思ふに及べる歌、長一首、短六首」一篇の中の短歌です。 左注6月3日作とは、散文「沈痾自哀文(ちんあじあいぶん)」(漢文。老年、 四支(てあし)動かず節(ふし)々みな痛む痾(やまい)の中に長生を欲する思念の文) 外(ほか)一篇につづき、三篇を一括、形づくって成しとげた、その記念の日附 でしょう。三篇を結ぶここに、老身重病、呻吟しては、同じことなら「死ななと 思(おも)へど 五(さ)月蝿(ばへ)なす 騒く子等(こども)を 打棄(うつ)てては 死(しに)は知らず 見つつあれば 心は燃えぬ ……」、在らざるべきか在るべきか、 「思ひわづらひ」声に出して泣けて来ながら子等を思う(897〜99)。 単に経験の寫実ではなくて、 蓄積した思い出の人生智、 いわば永遠に悲愴である父というものの観念を、現世の肉声に捉えたはずです。 「富人(とみびと)の家の子等(こども)の着る身無(な)み腐(くた)し捨つらむ絹綿(きぬわた)らはも」 (900)、富人の子らが着余しては捨てるだろう上等の絹布や眞綿らよ。 吾が子らには荒栲(あらたえ)の布衣をさえ着せてやれない、この世間(よのなか)のすべなさ 術(ずつ)なさよ(901)。この着想には、憶良の哲学の書の一つ、大乗系『大般(はつ)涅槃経』 の寿命品(ほん)や聖行(しょうぎょう)品の「富人」、細軟の衣裳に貪著(とんじゃく)しても不能得の 「貧人」、こんな漢語も刺激したでしょうか。 無常の譬喩「水沫(うたかた)」は寿命品にも見え、漢語「微命(ひめい)」の「微」はモロシ、 微弱、はかない。長く生きたいとねがって来た。「長歌の反歌として見ると、 それは……幼い子どもが関係してゐたのだと知られる」(窪田空穂 『万葉集評釈』)。 何はあれ、無常を知る理智と長寿をねがう情との矛盾の嘆き。この年、憶良没。享年数え74歳。 |
本田義憲先生監修
(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)
これからの建立予定 |