円照寺境内万葉歌碑

あしひきの山行きしかば山人(やまびと)の
われに得しめし山つとぞ此れ

(万葉集巻二十 4293 先太上天皇)

 この 「先太上天皇」 は、 元正女帝 (在位715〜724) でしょう。 「山村」 (現山町(やまちょう)、 帯解東方) 幸行の時、 「御口号(くちずさみ)」 あったという歌。  山の辺の道が幾つか遺(のこ)す市(いち)の地名は、 山の神を斎(いつ)く場(には)、 山人たちと交易した聖なる場のなごりでした。 古語 「山」 には山中異界を畏れ虔つつしむ観念がこもり、 「山つと」、 ツトは包つつむと同源、 山人が里へ持って来てくれた聖なる山の物、 やがてはその土産(みやげ)でした。
 市日(いちび)には、 山の神人(じんにん)や山の巫女 (山姥のもと) も舞ったでしょう。 宮廷などにも、 「巻向(まきむく)の穴師(あなし)の山の山人」 が 「山蘰(やまかづら)」 して歌舞した (古今集巻二十、 神遊びの歌) など、 山人の 「山のことほぎ」 (折口信夫)、 神事劇的な藝能がささげられました。 楚の国の古謡、 『楚辞』 の一篇 「山鬼」 にも、 巫神が薜茘(まさきのかづら)を着、 女蘿(ひかげのかづら)を帯にして舞っています。 山蘰とは、 常緑(まさき)の蔓かづら、 ひかげ、 寄生木(や ど り ぎ)(ほよ)、 羊歯(しだ)、 裏白。 ひいては削り掛け、 杓子など。 神楽歌に 「……山人のわれにくれたる山杖ぞ此れ」 と謡われる呪法の杖(ディヴァイニング・ロッド)ないし枝も、 山人が手にして舞った聖なる採物(とりもの)、 シンボルでした。 もの深い山の人生。
 この古俗の上に、 やがて有文字の知識社会が和漢を混淆します。 飛鳥藤原の王族の宴で 「仙人形(やまひとのかた)」 の絵に詠んだ 「山住人(やまにすむひと)」 (万葉巻九1682) は、 道教風の神仙観念、 人偏に谷でない漢字の世界でした。
 いま平城。 都市。 「山村」 にちなんで、 (あしひきの) 山、 山人の住む山村で山人がことほぎにくれた山のつと、 蘰か杖か何かを、 新旧の山人・仙人の幻をかさね韻をかさねて興じます。 「山杖ぞ此れ」 型の古歌に立つ 「御口号」 か、 悠々として迫りません。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

円照寺参道(1)
 JR・近鉄奈良駅→山村町行き20分「円照寺前」下車徒歩5分

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