春日大社境内万葉歌碑

秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば
七なな種くさの花其一
(万葉集巻八 1537 山上憶良 「詠秋野花歌」)
| 都市貴族の宴(うたげ)での歌でしょう。 「其一・其二」 と注(しる)す2首一組。 「詠何々歌」
は、 中国藝文の 「詠物詩」、 その場その席で然るべくえらばれた 「物」 を題詠的ないし即興的に詠じたそれに因よります。
「其一・其二」 と注すのも中国藝文から学びました。 「野」 は、 春日野のように、 郊外の、 多く傾斜地。 「七種」 のクサは種類の意。 七という数は世界的にふしぎな数の一つですが、 いま 「七種」 という。 憶良の作と断じていい歌に 「七種の宝」 をも超える吾が子 (巻五904) と歌うのは、 漢訳佛典語の 「七宝」 によりました。 律令制下の国守だった立場はありながら、 儒教・道教・佛教などの諸思想やシャーマニズム的な雑信仰の間に思索した 「国際」 知識人憶良でしたが、 いま、 「七種の花」 は、 その佛典語 「七宝」 を変化させた、 と思います。 人生の蓄積の致した所でしょう。 「指」 は平安時代の漢和辞書 『和名抄(わみょうしょう)』 にユビ、 「俗云於与比(および)」、 オヨビは 『伊勢物語』 などにも見えますが、 口語的俗語的だったのでしょうか。 日本語を含めて諸民族語の数詞には、 両手の指を使う数え方や示し方に身体論的に通じるらしい場合がありますが、 いまも指折り数えます。 「指折り」 とは古典和歌に珍しく、 天平5 (733) 年に数え74歳で亡くなった憶良が晩年にはリューマチをも病んでいたかということを思いあわせても、 やや感慨があります。 「あき・さき・かき」 頭韻、 「のに・をり」 脚韻、 「ば・はな」 頭韻など、 おのずから。 宴の人びとはどんな 「七種」 を待ったか。 それを、 つぎに旋頭歌(せどうか)(577・577) の形でまとめあげた憶良の才智。 |
本田義憲先生監修
(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)
春日大社境内(1)
JR・近鉄奈良駅→
市内循環7分「大仏殿春日大社前」下車南東へ徒歩3分
揮毫者 和歌山県在住 愛 川 紫 峯
これからの建立予定 |