がんこ一徹長屋万葉歌碑

寺々の女(め)餓鬼申(まを)さく大神(おほみわ)の男(を)
餓鬼賜(たば)りてその子産まはむ

(万葉集巻十六 3840 池田朝臣)   

 中国藝文に嗤(わら)いがあった。 いま、 池田朝臣 (失名) が大神朝臣奥守(おきもり)を嗤ったという歌。 都の寺々の餓鬼の像、 その女餓鬼の申すことには、 大神の餓鬼男(おとこ)を賜わって、 その子を産みつづけたいものです、 と。 「餓鬼」 は梵語 Preta(プレータ)(もと死霊の意) の漢訳佛典語、 貪りの罪ゆえに六道輪廻(りんね)して地獄と畜生との間に堕ちて、 飲食(おんじき)を欲しても能わず、 飢渇、 痩せ痩せて苦しむ一種の鬼(き)。 いまはもちろん罪業観などにかかわらず、 親しい痩せ男に、 飲食よりもあなたをと、 精血相和して胎し産する男女のさだめをもって諧謔しました。 「申さく」 「賜りて」 は荘重めかした滑稽。 結句 「其子将播」 には 「その子(たね)播(ま)かむ」 と訓む説もあります。 大神氏は神祇社会の出ですから、 佛寺イメージの俳諧が、 増して利く。 もちろん神佛諷刺というような童謡(わざうた)ではなく、 都市知識人の歌ながら、 一種民衆的の、 卑猥にならぬグロテスク、 カーニヴァル。 シェイクスピアも喜ぶでしょう。
 大神奥守のやはり嗤いの返歌、 「佛造る眞朱(まそほ)足らずは水たまる池田の廷臣(あそ)が鼻の上を穿(ほ)れ」 (3841)。 「眞朱」 は赤土、 ないしは辰砂 (水銀原石)、 佛像に塗るための絵具の丹朱か、 鍍金(メッキ)か、 枕詞もして 「水たまる」 池(いけ)田氏の赤鼻を笑う、 これは低調な笑いです。
 万葉集巻十六、 「趣向の滑稽、 材料の複雑」 「漢語俗語の使用」 等々、 「歌を作る者は万葉を見ざるべからず。 万葉を読む者は第十六巻を読むことを忘るべからず」 (正岡子規、 明治32, 1899)。
 醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛ねがふ吾れにな見えそ水葱(なぎ)の羮あつもの (3829)
 石麻呂に吾れ物申す夏痩せに吉(よ)しといふ物ぞ鰻(むなぎ)取り喫(め)せ(3852)

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

がんこ一徹長屋(1)
 近鉄西ノ京駅下車西へ徒歩3分(門の外側)

揮毫者  三田市在住  仁 井 千鶴子

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