正暦寺境内万葉歌碑

經(たて)もなく緯(ぬき)も定めず未通女(をとめ)らが
織れる黄葉(も み ち)に霜な降(ふ)りそね

(万葉集巻八 1512 大津皇子)  
 

 經糸もなく緯(よこ)糸も定めずにをとめ達の織る黄葉の錦に、 霜よ、 降ってくれるな。 天衣無縫の織目のつんだ、 錦繍(きんしう)の彩(あや)を惜しむ歌。
 染め、 織る女の仕事。 狩り、 耕す男の仕事。 神話にも、 手に巻く珠もつややかに幽(かす)かに響きながら 「手玉(でた)も玲瓏(も ゆ ら)に織経(はたを)る少女(を と め)」 といいました。 あるいは神さまにささげる神衣(かむみぞ)を織り、 あるいは 『ファウスト』 のグレートヘンでなくても恋人のために織りもしました。 いま原文 「未通女」 は、 漢語にはなくて日本での綴りでしょうが、 もとより明治近代文学の西欧風の 「処女の純潔」 の類をいうのではありません。 古代語 「をとめ」 はwo ・・t-をもとにして 「をとこ」 と対し、 若がえる、 復活する、 成女する、 巫女として神に仕える資格を得る、 というような意を基調とし、 いまは舶来の道教風の神仙観念を帯びて、 「舞(まひ)する女」 (『古事記』 雄略) でもある、 不老不死の吉野の仙女の類に通うでしょう。 「……誰れか織りけむ経緯(たてぬき)なしに」 (巻七1120、 吉野歌)。 「ら」 は複数、 山ことごとく織られる。 「黄葉」 は、 盛唐の 「紅葉」 系以前の、 六朝風の漢語です。 「織れる黄葉(も み ち)に」 は古写本以来多い訓ですが、 原文 「織黄葉尓」 に状態存続の 「り」 にあたる文字がなく、 近年 「織る黄葉(もみちば)に」 とも訓みます。
 神仙観念を濾(こ)して文藝化してテキストを織る絢爛たる才能。 美しい織布に映る未通女たちの透影(すきかげ)。 大津皇子は好学、 漢詩をも能(よ)くし、 『懐風藻』 にも藝文への述志を作して 「山機霜杼(さうちょ)織葉錦」、 山が機(はた)となり霜が杼(ひ)となって錦繍を織る、 ともあり、 「詩賦之興(おこり)、 大津より始まれり」 と、 その若き刑死を惜しまれました (朱鳥元 686年)。

本田義憲先生監修

(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)

正暦寺境内
 JR・近鉄奈良駅→米谷町行き25分「柳茶屋」下車徒歩30分

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