佐保川堤万葉歌碑

月立ちてただ三日月の眉(まよ)根(ね)掻き日(け)長く恋ひし
君に逢へるかも
(万葉集巻六 993 大伴坂上郎女(さかのうへのいらつめ) 「初月歌」)
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天平5 (733) 年、 才媛の 「初月歌」。 漢語に眉月、 敦煌の古曲にも 「眉如初月」 とあり、 天平の古画に眉墨を引きなどもしました。 新しい月(つき)の顕(た)つ朔日(ついたち)からすぐの三日月のようにほのかな私の眉 (マヨは古形)、 比喩の序詞を技巧してつづけます。 眉がかゆくなる、 クシャミが出る、 俗信にこれらを、 思う人に逢える兆(きざ)しとしました。 中国でもまなぶたの動くのはその兆し、 古くインド・グプタ王朝の戯曲 「シャクンタラー姫」 に、 男の右腕の痙攣は恋人を得る吉兆、 女の右目の痙攣は凶兆とした類です。 いま、 眉がかゆい。 ないし、 逆に俗信を使って、 自分で眉を掻いて人を待ちもする。 今はどちらにも取れます。 こうして長い間恋い待ったあなたに逢っています。 坂上郎女は大伴旅人の異母妹。 はじめ幼妻(おさなづま)として寵たぐいなかった穂積皇子 (父、 天武) の没後、 藤原麻呂 (不比等四男) と破綻、 異母兄大伴宿奈(すくな)麻呂と結ばれて坂上大嬢(おほいらつめ)らの母となりました。 宿奈麻呂は早世したかと想像されます。 人生の経験を閲(けみ)して、 彼女の歌は万葉女流最多の80余首。 国際都市の文華に洗われた名門の新しいみやびに古の巫女のなごりをもとどめ、 一族の刀自(とじ)の風俗をそなえます。 悠容、 「おくてなる長き心」 (巻八1548) と、 熟成の花の恋をほめもしました。 歌の第三句を腰句といいますが、 彼女の歌は、 総じて上下の句関係にしっかり腰が立っています。 いま30代なかば、 ただし、 恋い待つはてについに逢いえた女の歓びのあふれる歌ではないでしょう。 題詠的に趣向します。 ほの三日月の夕べか、 甥の家持を迎えて示したかとも思われます。 |
本田義憲先生監修
(奈良市に万葉歌碑を建てる会専門委員・奈良女子大学名誉教授)
佐保川堤(1)
JR・近鉄奈良駅→徒歩20分(下長慶橋から佐保川左岸を西へ5分)
これからの建立予定 |