あかい奈良
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  再録「室生寺」

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第3章 組み立て

 暖冬と言われ続けた冬だったが、二月にさしかかるころ、人里には厳しい寒さが訪れるようになっていた。そんな時も、室生の森では、五重塔の復旧工事が、静かに進んでいく。日本一「可憐」な塔の素屋根に覆われた姿は、初めて来たときも今も変わらない。でも、その中は日々刻々と変化している。

平成十年の台風七号が、最も激しくこの塔を襲った部分、それは屋根だった。檜皮葺きといわれるその屋根が、どのようにして出来上がるものなのかを知ろうと「皮むき」の段階から見てきた。今は、「皮ごしらえ」を終えた素材が、素屋根の中に持ち込まれて出番を待つ。

「そりゃあもう、いかにも職人技だよ」と聞いたことのある「葺き」の作業を初めて見た。ちょうど「のきづけ」の部分が出来上がるところだった。葺きの始めの工程でもあり、檜皮を厚く重ねて仕上げる手間のかかるところだ。


 素屋根の中の各層ごとにある足場から、腰掛けられるほどの位置に屋根がある。昨年までに木工事が完了しており、内部に見える古い部材と、外部に補われた新しい部材とが対比を見せている。ここから先が屋根業者の仕事だ。

前回の取材で訪れた桜井の作業所で見たものと同様に、檜皮の素材が束になってくくられている。室生の森の檜から採取した檜皮は、皮ごしらえするために、一度乾燥させるのだが、葺き作業の前には、逆にぬらしてやらなければならない。「手が冷たいから」と、ドラム缶くらいの大きさのタンクに用意されたぬるま湯。檜皮の束を、そこにくぐらせる。ひもをほどき、作業にかかるが、檜皮にしみこんだ水分は、キーンと澄んだこの地の空気にふれ、おそらくじきに冷たくなり、「素手のほうがやりやすい」という手から、体温を奪うことだろう。


檜皮を葺くベースとなる木材は、のきづけをかたどるように、すでに丁寧に整えられている。その上に、両手でひとつかみほどの檜皮を、高さを均一にそろえて置く。
箱の中に入った竹釘を握り、口にほおばる。

右手には「屋根がな」という、専用の道具が握られている。一見ふつうの金槌のように見えるが、釘を打つ金属の部分がサイコロのように立方体をしている。屋根がなを持った右手が口元に近づくと、口の中から一本、竹釘がとびだしてくる。その竹釘は右手に捕まえられ、まばたききするうちに檜皮の重なった屋根に突き刺さる。屋根がなの柄には、これに好都合なように、竹釘を刺すためのくぼみがあるという。すかさず、あらためて数回、「トン、トン、トン、トン」という音とともに屋根がなが降り下ろされると、竹釘は皮の厚みの中に沈んでゆく。「檜は竹釘をさした時、締めつけてきますが、杉はそうはいきません」と以前の取材で聞いたのを思い出す。この間、わずか3、4秒ほど。これが根気よくくり返され、のきづけが形になっていく。ある程度重ねるごとに、屋根がなの平たい頭の部分を使い、たたきながら面をそろえる。最後はここを「ちょんな」という刃物で化粧断ちするのである。こうして、のきづけのスキッとした切り口や、形状が生まれるのだ。

 塔の屋根は四方にむかってせり上がるような形をしている。さらに、のきづけの断面も、下から上にむかって内から外へと角度がある。檜皮を重ねながら、そのカーブを出していかなければならない。重ね終わる段階になると、皮は一枚ずつ、微調整しながら並べ、最後はやや厚い上目皮を並べる。上目皮を敷くところは、上の層からの雨おちの部分でもあり、最もいたみやすい部分。上目皮はこれを守る働きもある。

  そっと竹釘を手に取らせていただいた。長さ3、4センチ、マッチ棒よりも少し太いくらいに竹を削ったものだ。刺しこむために、一方が斜めにカットしてある。屋根全体を葺くのに無数の竹釘を使う。 

  静かな時間が流れている。竹釘を打つ音が一定のリズムを刻んでいる。
  同時に別の層では、壁の色を塗り直すための下地の作業が行われてもいた。これには、塗装関係の専門業者があたる。
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  1. 解体と調査  
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  3. 組み立て  
  4. 古のあかい色  
  5. よみがえった室生寺五重塔

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建造物の工事には、幾種もの専門業者がかかわることになるのは、文化財に限らない。ただ、文化財の場合、木工事、屋根工事、塗装、金物類の加工などが、みな伝統を受け継いできた特殊な業者だ。

  奈良県における文化財建造物の修復は、いずれも奈良県文化財保存事務所が工事の主体者となる。そこから大手のゼネコン等に発注される場合もあるが、この五重塔では、保存事務所から各業者へと発注が行われている。県が直接指揮をとるかたちだ。


「ここは建物が小さいこともあり、中間業者は入っていません。それだけに、進行の具合を感じながらここで仕事ができます」という松田氏。

解体の時から、いつの時代にどのような修復を経てきたのか、当初はどうなっていたと思われるのかという調査に基づき、この復旧工事をどうするかというプランが決まった。その工程の一つ一つが、国の宝を未来へと継承するものであり、中にはその技術が今後どのように残っていけるのか、少しの不安をはらんでいることを思うと、平成のこの復旧工事も、ひとつの忘れがたい塔の歴史となるのだと思う。かかわるすべての人たちの技術、手間、思いなどなどが、折り重なって小さな塔を包む。それがハーモニーのように心の中に響いてくるような感覚が身体をよぎる。

破損した部材を、今、平成十一年の焼き印をつけた新しい木材が補っている。最初の取材の時、解体の現場で「明治」と墨書きされた部材を見て、百年の時の流れを感じたように、いつかだれかがこの焼き印を見て、同じ感慨を覚えるだろう。


第4章に続く