よみがえれ室生寺五重塔
文/阿南誠子
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第2章 後編
五重塔から続く石段が、奥の院へと続いている。夏の終わりにその石段を登った時も、今も、一年前に倒れた大木が、まだそこここに横たわっている。違うのは、常緑樹の多い緑の森の色との対比で、いっそう赤く見えてそびえる木々。皮をむいた後の檜だった。
石段を登りきると、小さな落ち葉が雪のように舞い降りてきた。その空の方向で、その日の皮むき作業が行われている。許しを得て、奥の院の裏手から、落ち葉の感触を足の裏に感じつつ、だんだん急になっていく地面にしがみつくように登った。慣れた作業員の足なら一〇分で着くというその場所は、室生の集落や遠くの山が見渡せる急な斜面にあった。
報道写真でしか見たことのない皮むきが、目の前で始まる。事務所によると、彼らは「ゼロから訓練して、三〜四年でできるようになり、うまくなるにはそれ以上」かかるのだという。
ロープを巧みに使って木に登りながら皮をむいていく。始めは幹の根元近くから、そして次第に上へ上へと|。ロープと木の棒だけで体を支えながら、森の中に浮かんだまま、一枚が二メートルくらいはありそうな皮を、時には体をのけぞらせながらむく。
「こわくないですか」
「こわいですよ」
仲間うちでも五年のキャリアのある一人が応えてくれる。
谷上社寺工業で働くのはほとんど全員が若々しい青年たちだ。なかでも皮むきは、体力のある若い人が多い。町のコンビニあたりで見かけたら、おそらく、ごく普通の今どきの若者たち。でも、ここでは命がけの作業をこなす職人だった。
こうして集まった檜皮が、桜井市内の谷上社寺工業の作業場で、皮ごしらえにかかる。表面の荒い皮を削ぎ落とし、皮の厚さによっては、一枚を二枚にはぎわける。さらに表面を薄く削るように整えながら、長さと幅を揃え、切り落としていく。この作業のため、むいた皮はしばらく乾燥させる必要があるのだという。一枚の素材の厚さは、わずか一・五ミリにすぎない。なるほど湿っていては、作業になるまい。
「皮ごしらえは、葺きの作業以上に手間のかかる仕事ですが、その工程は人に見えない部分ですから、葺くところだけをみて、桧皮葺きが簡単な仕事だと勘違いされることもありますよ」と谷上氏。
その一枚一枚を、室生寺五重塔の場合、九ミリずつずらしながら屋根に置いていくのだ。一枚の長さは約四十五センチなので、おのずと厚さがうまれる。とくに、上の屋根から下の屋根へと、ちょうど雨だれが落ちてくる「雨おち」の部分は、最も傷みやすいところなので、注意深く葺く。
「のきづけ」と呼ばれる部分は、三重を例にとると、厚さ十五センチ。葺き屋根を断ち切って揃えたように見えるので、外見上は、屋根全体にそれだけの厚さで皮が葺いてあるかのようだ。この部分には、短い皮を何枚か重ねて固定しながら厚さを出してあり、内部は「空間」と「木材」だ。仕上げの美しさにこだわりが現れる部分でもある。皮ごしらえの時にできる小間切れの皮も、のきづけの貴重な素材だ。
こうしてみると、ひとつの屋根にも相当な檜皮が必要なのだなと恐れ入る。

皮むき作業の行われているその日、素屋根の中で、桜井の作業場で皮ごしらえをしていた一人に出会った。
「今日はどうされたのですか?」
「皮ごしらえと、葺きは同じメンバーがあたります。もう葺きの準備作業が始まっているんです」
そうか。カレンダーは十一月に入っていた。
先入観だったのかもしれないが、伝統的な技術が必要とされる檜皮葺きの作業を担うのは、老齢の職人たちではなかった。確かに専業の職人は全国でも十数人しかいない。しかし、この塔は、ゼロから始めた彼ら作業員の技に支えられながら生まれ変わりつつある。
室生の森で、若い力が輝いているのを知って、頼もしく思えた。
第3章に続く

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