よみがえれ室生寺五重塔
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第1章  後編 
 「感心するのはね、これだけの被害にあっても、塔の芯はゆがんでいないということですよ。トランシットで上から見たらまっすぐなんです」。
 促されて、足場にしゃがみこみ、いまやすぐ手元にある屋根の端を自分の手で押してみた。なんと、揺れるではないか。わずかだが、たしかに、塔全体が揺れた。しかし、心柱は動かない。当初の心柱と、それぞれの屋根とは少し隙間がある。つまり、塔の屋根は心柱に直接ふれてはいないのだ。塔に衝撃が加わっても、この隙間がそれを吸収する。地面から十数メートルの位置にある足場の上で、五重の屋根をさわって揺らしている自分がいた。こういう経験は、この先二度とないだろう。
「降りてみますか」
 五重、四重に比べると、被害の少なかった三重と二重、初重について、松田氏は、「解体の必要はないと判断し、もちあげて、修理しようと思っています」と言う。もちあげて、と言われてもにわかには解せない。もちあげるとはどういうことなのだろう。ここではクレーン車は使えないのだ。
 まず、四重までが解体されると、三重が露出する。三重の屋根はこれで修復できる。その下の二重は、三重を持ち上げておいて修理するわけだが、その方法を理解するには、塔の各階がセパレートする構造になっていることを認識しなければならなかった。屋根を支える柱と柱の間に塔を貫通する長さの二本の木材を通す。その下には、こんどは九十度横から木材を通し、四本の木材を固定する。簡単に言ってしまえば、三重部分を井の字に串刺しにして、その井の字の下にジャッキをかませるというのだ。「三重の重さにジャッキが耐えるのですか」と驚くと、ジャッキの高さは、足場に置かれる別の木材で支えられるという。こんどは「床がぬけませんか」と、素朴な質問をする。「その期間は足場の下に補強の丸太を立てるんですよ」と松田氏はほほえみながら教えて下さった。こうして、二重の修理が行われ、次は二重をもちげて初重の修理が行われる。
 降りていくほどに、屋根が少しずつサイズが大きくなっていることがわかる。五重に上ったとき、あまりにも小さく感じたのも、そのためだったのだ。
 事務所に戻ると、松田氏は、作成途中の報告資料を見せて下さった。初重から五重までの図面があり、屋根の部材の一本一本が創建当初、中世、明治と色分けしてあった。解体しながら、実測し、どの時代のものか、当初と今とは変わっているのかどうかなどの調査がなされている。大変に根気のいる作業だ。
 「室生寺は災害復旧が目的で、通常の修復とは少し意味あいが違いますから、本当はここまでしなくてもいいのですけれどc。明治の図面が残っていませんのでね」
 どこかの時代で、だれかがやっておかねばならない仕事だという松田さんの思いが伝わってくる。
 国宝や重要文化財の宝庫である奈良県では、県が直接建造物の修理にあたっている(同じようなシステムを持つのは京都と滋賀だけである)。そこでは、単に公的な職務をこえて、悠久の時代の中に自分の仕事を位置づけ、黙々と働いている人たちがいる。素屋根の中、あるいは観光客の知らないところで。
 「塗装も新しくしようと思っています。古いものそのままのほうが良かったという意見も、出てくるかもしれませんが、いい機会だと思いますので。この寺が創建された平安時代には、みんな鮮やかな建物だったわけですから、当時の姿がよみがえることでしょう」
 解体と調査が続くなか、この九月からは屋根に使われる檜皮を採る段階にはいるという。十月には、解体が終わる。十二月からは檜皮葺きが始まり、年明けには組み立てが完了する予定だ。付帯工事が終了するのは、来年のいまごろになるはずである。
 お色なおしをすませ、可憐な塔が、再び私たちの目の前によみがえる。
 その一年を追っていきたい。
第2章に続く

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